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「たとえばさ、酢豚の中にパイナップルって入ってたりするじゃない? 私アレって駄目なのよね。パイナップルって、フルーツでしょう? 果物でしょう? ああいうのって本質的に、デザートの範疇だと思うわけ。料理の中にそれを入れるとか、根本的に間違ってるの」
僕の目の前で、そう雄弁に語ってくれる。
「だから私は、これは食べないわ。いいでしょ?」
「駄目だ。ちゃんと残さず食べなさい」
先の割れたスプーンを振り回しながら喋る少女の願いを、はっきりと却下する。
少女はしぶしぶといった様な表情で、自分の席へと戻った。
この子はいつもそうだ。給食で何か苦手なものが出る度に担任の僕のところへやってきては、べらべらと理論的(だと自分では思っているらしい)な理屈を捲し立てて、残そうとする。いつものことだ。
僕は、少女がこっそりと残さないよう監視する意味も含めて、こちらから話してみることにした。
「パイナップルは甘くておいしいぞ。噛めば噛むほど、味が出てくる。残さず毎回食べてれば、きっと徐々に好きになっていくさ」
その言葉に少女は顔を上げ、苦い顔をした。
「先生は、スズメバチって知ってる?」
急に何の話だろう?
「虫の蜂だろう。知ってるぞ」
「今の先生の話だと、嫌なものでも克服できる、って言い方だった。でもスズメバチに刺されたら、2回目には死んじゃうんだって。アナリスキーショック、とかいうので」
「アナフィラキシーショック、だ。その間違え方だけは絶対にやめなさい」
そう訂正しておくものの、なるほど、少女の言う分には筋が通っている。嫌いなものと向き合い続けても、ひょっとしたら、ますます嫌いになってしまうかもしれない。
「……先生が今のは悪かった。でもな、給食は残しちゃいけないっていうルールがあるだろう。我慢してでもちゃんとパイナップルを食べなさい」
「…………」
しばらくの沈黙の後、少女は意を決したようにスプーンを構え、パイナップルを口に運んだ。そしてそれを咀嚼し、時間をかけてから飲み込んだ。
「これでいいんでしょ。ごちそうさまっ!」
いきなり立ち上がり、トレイを持って少女は急いで片付けに向かおうとした。が、僕はその腕を掴んだ。
「何よ? パイナップルは食べたでしょ?」
「……本当は別に、パイナップルは嫌いでもないんでもないんだろう?」
少女のトレイに残されたピーマンを指さして、そう言ってやった。