学食


 学食がなくなってしまうらしいという噂を耳にしたのは、その時が初めてだった。午後の授業がすべて終わり、紙パックのミルクティーを口にしつつ食堂のテーブルに陣取って優雅に放課後を過ごしていた私は、背中の方から聴こえてきたその話に、思わず振り向いてしまった。


「それ、本当なの!?」

 話をしていたのは、二人の二年生だった。うちの高校はつけているクラス章の色で、学年が分かるようになっている。一年は赤、二年は青、三年は緑、といった具合にだ。

「……えーと、はい。そうらしいんです」

「どうして!?」

「それは……僕らには、ちょっと……」

 どうやらそこまでは知らないみたいだ。仕方がない、もっと詳しそうな人に尋ねてみるとしよう。

 二年生の子の胸ぐらを放し(いつの間にか掴んでいた)、辺りを見回してみると――偶然にも、担任(体育教師)の姿を発見した。

「ちょっと! 先生! どういうことですか!?」

「何がだよ……」

 私はさっき聞いた噂を、簡単に説明した。まあ私自身、簡単にしか知らないんだけれども。

「お前、そんなことかまけてる暇があったら、勉強したらどうだ? 今年は受験生だろ?」

「勉強しなかったら、一年先が変わるだけ。食堂がなくなろうものなら、明日が来なくなってしまいます。先生は知らないんですか。うちの食堂がどれだけ安くてどれだけ美味しいのかを。私だけじゃなくて、どれだけ他の生徒からも支持されているのかを!」

 思わず口調を荒げてしまう。両の手でテーブルを叩き、担任に言葉をぶつける。

「落ち着け。お前が暴れ出したら、誰も止められなくなるから。……まったく、そのエネルギーをもう少しまともなものに回せたらな……」

 そんな言い方をされると、まるで私が恐ろしい人物みたいに聞こえてしまう。辞めてほしい。

「うちの学食が人気なのは、俺も知っている。今は放課後だからそんなでもないが、昼なんかは溢れ返るほどだしな」

「ええ、弱肉強食の世界ですよね」

「――そしてついに、怪我人が出たのさ」

 後ろから新たに声が聞こえてきた。振り向くとそこには、割烹着を身にまとったおばちゃん(野菜サラダ担当)が経っていた。

「四月から新しく、パワーランチセットができたのは、知ってるね」

「もちろん」

 その新しいメニューは、特に人気が高かった。量が多く、そして安い。

 高校生ならば私を含め、誰しもが食欲旺盛。そして同時に、お小遣いを遊びにも使いたくなるお年頃だ。コストパフォーマンスの良いパワーランチセットが高い評判を得るのは、当然の流れだろう。

「食堂に来る人の数は、日に日に増えていった。そしてそれと同じように、保健室を訪れる人数も、日に日に増えていった」

 理解できなくはない。昼休みの食堂は、まさに戦場と呼ぶにふさわしいのだから。

「そして今日、ついに救急車が来ることになった」

 体育教師が言葉をつなげた。私もそれは知っている。パワーランチセットを口に運びながら、サイレンが耳に入ってきていたから。

「アンタが突き飛ばした、柔道部の子だよ。あれは完全に折れちゃってたね……」

 なるほど。それで今日はいつもより、野菜サラダが出てくるのが遅かったのか。納得。

「食堂は明日からしばらく休業。お前は明日からしばらく停学。以上」

 ミルク入りのはずだったのに、すっかり紅茶は苦くなってしまっていた。

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