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「俺のじいちゃんは『宇宙』と書いて『そら』と読む」
当時はざわざわと言われたらしいが、今となってはかわいいものだ。
昔は読めない名前が多かった。
光宙と書いて「ぴかちゅう」くん、
ポケモン人気にあやかってるのか。
歩凛とかいて「ぷりん」ちゃん。
いや、お母さんが甘党なのかなんなのか知らないけど。
誰ともかぶらない名前をつけたがる親心、分からないでもない。
でも、大きくなって苦労するよ。
私は大学の同級生で、珍しい名前の友達がたくさんいた。
「龍飛井」(るふぃ)も「虜」(とりこ)も「鰤一」(ぶりいち)もいた。
…「一護」ってつけてやれよ、素直に。
そんな中、私は読めない名前ではなかった。
珍しいけど、むしろ誰でも読める名前。
なんにも、ひねってない名前。
就職活動も頑張って、小学校の教員になれた。
過去のキラキラネームのブームは終わって、
「誰でも読める」「ちゃんと意味がこもってる」というのが流行になった。
でも、名前は非常にデリケートなもの。
幸いにもウチのクラスは苗字が重複している人がいないので、
朝の健康観察は苗字で全員読んでいる。
まあ田舎の学校で、ぜんぜん生徒がいないんだけど。
そういや朝の会で健康観察やるのって、他県じゃあまりないらしいね。
「落合くん」
「はい元気です」
落合博満くん。ご両親は野球が好きなのかな?
「佐藤くん」
「はい元気です」
佐藤げんきくん。最近は男の子でも、平仮名の名前も多い。
「佐久間くん」
「はい元気です」
佐久間いちばんくん。
そういえばウチの出席番号は男女別で、五十音順じゃなくて誕生日順だ。
上京して大学の友人に地元のこの風習を話したら、たいそう驚かれた。
「岡本くん」
「はい元気です」
岡本寿限無くん。
かつて流行ったと言われる落語を思い出す。昔の人は笑える話だったんだろうけど、
あんな長い名前も実際につけられたことがあるそうだ。
岡本くんは『寿限無』だけで終わっていてよかった。
「長谷川さん」
「はい元気です」
長谷川きれいさん。
子どもに『きれい』と名付けるのは、いささか重い気もする。
「山田さん」
「はい、骨折しているトコは痛いですが、それ以外は元気です」
山田いい子ちゃん。
もうそのまま。これが今の時代のスタンダードなんだ。
昔なら『良子』なんて名前が主流だったろうに。
「畔蒜さん」
「はい元気です」
畔蒜愛ちゃん。ひとりだけ古風な名前。
『愛される』『愛する』『愛らしい』いろんな意味をこめてるんだろうな。現代では珍しい。
古風な考えを持つ大人は、複数の意味を名前にゆだねてるんだろう。
「よし、おっけー。
じゃあ1時間目は体育だから、まだ着替えてないやつは体操着になってグランドに集合!
あ、山田さんはそのままの格好でいいからね」
朝の会をこれで終わりにする。
5年1組(1クラスしかないけど)、鈴木ぜろひねり学級。今日も全員出席。