「すいませーん、アパート探してるんですけどー」
学校の近く、たまたま目に入った不動産屋に、二木道哉は入った。
「はい、いらっしゃいませ。こちらにどうぞ」
落ち着いた老主人に案内される。
「大学から近いとこで、四月から借りたいんです」
「はいはい。新入生の方ですか?」
道哉はこれから大学生になる身だ。しかし受験は東京でも行われていたので、実際にこの地方都市に来るのは、入学手続きに来た今日が初めてだった。
「入学おめでとうございます。うちは優先的に、春大生に紹介している店なんで」
正式名称、春日(かすが)大学。略称は春大(はるだい)。影ではカス大なんて呼ばれることもあるということを、この時はまだ知らなかった。
「できれば大学の近くがいいんですけど、まあ多少遠くなってもしょうがないかな、とは。ユニットバスでいいんで、風呂とトイレがあれば」
「ええ、勿論たくさんありますよ。他は何か条件ありますか? コンビニが近いだとか、防音がしっかりしてるとか、ペットを飼いたいとか」
「あまり気にしません。ペットも飼う予定はないですし。正直、そんなに予算ないんですよ……」
「そうですか。失礼ですが、家賃はどのくらいを……?」
「……できれば二万円以内で」
老主人は一瞬、呆気に取られた。
「流石にそれは……都会ではないですが、その値段は……」
「やっぱり厳しいですか? でも学生寮は入れなかったし、お風呂とトイレは欲しいんだよなあ」
できることなら、この金額を超えたくはない。金銭的な余裕がないから、現役で合格できそうな国立大学を探したのだ。
「うーん。……あ、そういえば一件だけ、心当たりがありますよ」
戸棚から分厚いファイルを取り出し、ぱらぱらと資料を広げる。そうして道哉に見せてくれたページに書いてある物件は、大学からは多少離れている場所にあった。
「徒歩二十分は掛かっちゃうんで、近くはないんですけどね。でもお風呂もトイレもありますよ」
あまり広いとは言えない、1Kの古いアパートだ。おかしなところは見当たらない。おかしいといえば家賃だろうか。月わずか一万円と書かれている。
「いいですね、ここ。本当に一万ですか?」
「はい、一万円です。風呂、トイレ、いわくつき」
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