さらにその翌日、時刻はまたも放課後。他の誰かがいる前では、やはり話し掛けるのに抵抗がある。自分では谷口と似ていると思っているのに、周りからそう思われるのは嫌なのだ。
谷口七重は、今日もそこにいた。やはり毎日いるのだろうか。
「よう、谷口」
谷口が俺を見上げる。やれやれ、相変わらずの無表情だ。
「昨日お前が読んでいた本、アレ俺も読んだぜ」
「そう」
谷口は短く反応しただけ。
俺は何故、昨日あの本を買ったのだろう。何故、頑張って一日で読みきったのだろう。これは魔が刺したというやつか?
「……どうだった?」
谷口が言葉を続けた。俺は安堵感に包まれた。
「うーん……明るい話ではないよな。ただ、あの主人公とはどことなく似ているような気がした」
あぁそうだ、安堵感の正体はこれなのだ。昨日だって、魔が刺したというわけではないのが今証明された。
きっかけが欲しかったんだ。何でもいい、谷口と会話らしい会話を成立させるためのきっかけが。話題が。あの本はそのためなんだ。大抵の事柄において、きっかけなんてものは些細なことで大丈夫なんだ。俺がこうして谷口の存在を知ったのも、ただ傘を忘れたという些細な出来事からだった。けれども、常に身の回りにきっかけが落っこちているとは限らないんだ。そりゃあもう、見つからないときのほうが決定的に多いわけで。だから、俺は探したんだ。自分で見つけ出したんだ。ただ、それだけのことなんだ。決して気まぐれなんかではないはず。
「似ているって、誰に?」
「お前と俺」
その瞬間、谷口の無表情フェイスが崩れた。口元を緩め、軽く笑ってみせる。
「何でそう思ったの?」
へ? 何でと言われてもなぁ……。
「あなたがあの話の主人公と似ているってのは別にいいわ。そんなの、あなたの主観次第だしね。けど、何をもって私があの主人公と似ていると思ったの?」
谷口の表情を伺う。別に怒っているわけではなさそうだ。昨日までの無表情フェイスで同じ言葉を放たれたら、『私とあの主人公なんかとを一緒にするな』という副音声が聴こえてきただろう。間違いない。けれども今はそうではない。谷口は今、微笑を浮かべている。おそらく純粋に、俺の考えに興味を持ったのだろう。俺にはそう思えた。
「んー、孤独感かな。昨日も言ったろ? 俺とお前は似ている気がする、って」
「……そう」
そう短く言うと、谷口は本を閉じて鞄に閉まった。昨日とまったく同じ、流れるように滑らかな動作。
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