それから俺は時々――いや、ほぼ毎日、放課後に谷口と喋るようになった。
　俺からすれば、他愛もないような会話だった。すぐに忘れてしまうような、右耳から左耳へと抜けていって、後には何も残さないような話だった。
　何せ俺たちにはあまり共通の話題がないのだ。結局俺が読んだ小説はあの『言えない』って本だけだった。谷口が、他に読んでいる本をいくつか教えてくれたりしたが、何故だかそれらにはあまり惹かれなかった。
　そして俺はその内――もしかすると最初からかもしれないが――とにかく思っていることを吐き出すようになった。他の人がいないのをいいことに平気で毒づき、陰口を叩いていた。ああいうヤツらは何を考えてんだろうな。バカみたいだ。レベルが低い。まぁ、そんなことだ。はっきり言って健康的な会話ではない。
　そしてそういうことを言うと、谷口はきまって面白そうな顔をするのだ。コイツは俺が何を考えているのかに興味があるんだもんな。そして、コイツも俺と同じようなことを平気で考えているに違いない。俺たちはずいぶんと非人道的なのだ。血も涙もない考え方をする。ただ、俺はそれを内心にとどめ、谷口はその通りに行動するという違いがあるが。

「――ねぇ、人間ってみんなこういう考えを持っているのかな？」

　あるとき、谷口が聞いてきた。

「……どうなんだろうな。俺には分からん」

　そうだ、俺には分からない。そんなこと、誰にだって分からないさ。

「そうだな……例えば、俺はお前にいろんな考えをぶちまけている。はっきり言ってソレは俺の正直な気持ちだ。嘘はついていない。けど、それだって本当のことなのか分からないだろ？　俺の話すことに嘘偽りが含まれていないなんて証明できないだろ？　きっと、そんなもんなんだよ。お前だって言ってたろ、他人の考えを完璧に理解することは不可能だって」

「それは、そうだけど……」

　そうだ、谷口の言ったことは全面的に正しい。少なくとも俺はそう思う。
　人間は個体ごと異なる価値観を持っている。そしてそれは自分の中から出ていくことは決してない。俺たちはある程度賢いのだ、バカな人間ではない。だから、嘘という存在を知っている。与えられる情報を鵜呑みにするほどの低レベルな人間ではないのだ、残念ながら。
　この世界にはたくさんの嘘が鏤められているのだ。昔、小学校の先生や母親なんかが言っていた。嘘をついてはいけません、と。

　けれど、そんなのは端から無理だ。
　他の生物はどうなのか知らないが、人間は嘘をつく生き物なのだ。俺から言わせてもらえば、嘘をつくことこそが人間の徳なのだ。
　嘘をつかない人間なんているわけがない。もし居るとしたら、そいつは周りから蔑まれた目で見られるか、聖人かのどちらかだ。
　ただまぁ、何となくだが分かるようにはなったのだ。谷口が俺に嘘をついていないな、ということぐらいは。確証はないけど、無意識のうちにそう悟ったのだ。
　こうして放課後の時間に谷口が喋っていることの中に嘘は含まれていないな。俺にはそう思えるのだ。それは俺が嘘をついていないからかもしれない。谷口があまり喋らないからかもしれない。けど、俺にはそう思えるのだ。理屈による干渉は抜きで。
　誰だって楽しい時間に、悲観的な考えは持ちたくないだろ。