夢を追う蛙、捨てたがる蜻蛉。


「――じゃあ次の3番の答え……1号、答えろ」

「はい。Wir haben gestern Fussball gespielt.」

「うん、正解だ。じゃあ次の4番を――」

 未亜は大学に行く。それは前から聞いてたから、知っていた。それでもこんな、受験には必要のないドイツ語の選択授業もとっている。元々はあたしが面白そうだと思って、小説のネタにもなるかなと、ただそれだけのことで未亜を誘った。でも今となっては、あたしは授業にまるでついていけない。今のあたしには、小説を書いている余裕なんてないんじゃないか。小説家になるなら学校の勉強なんてどうでもいいと思ってたけど、あたしはまだ高校生で、高校生の本業は勉強だ。学費を出してもらっている身としては、それなりに気合いを入れなくちゃいけないんだろう。きっと何だってできる人は、小説も勉強もどっちかだけじゃなくて、両立できるんだろう。未亜みたいに。
 いつだってそうだった。あたしが何かを持ちかけて、未亜の方が何でもそつなくこなす。あたしが未亜に勝っていることといったら、未亜がまだやっていないこと。でも彼女は、誘えば大抵は二つ返事で、あたしに合わせてくれる。そして何だって、あたしよりうまくやってみせる。今のこのドイツ語の授業だってそうだし、小説だってそうなっちゃった。

「――う。おい、2号。聞いてるのか?」

「……へ?」

 どうやら指されていたようだ。えーと、何だっけ?

「はい……。Ich habe eine Hund gehabt.……ですか?」

 あたしは先生に指されて答えるとき、どうしても最後が疑問形になってしまうことが多い。これも悪い癖だとは思ってるけど、なかなか直らない。理由は単純にして明快、自分の出す答えにいつだって自信が無いからだ。未亜みたいに、あたしはすっぱりと答えることができない。

「惜しいな。habenを現在完了形で使うことは滅多にない。普通はIch hatte einen Hund.だな。あ、Hundは男性名詞だから、4格になるとeinen Hundだ。間違えないようにな」

 ほら、案の定また間違えた。
 きっと昔から分かってたんだ。分かってて、気づかないふりをしてきたんだ。目の前の現実はそう見せているのに、見えないふりをして、目を背けてきたんだ。でも、誰が見たって、はっきり分かる。あたしには、才能が無い。きっと何もかもの。勉強はもちろん、小説だって。あたしが自慢できることなんて、他に競争相手がいないものぐらい。だって、やったことのない事柄なら、その凄さが相手にちゃんと伝わらないから、人はとりあえず感嘆してくれる。始めてしまえば、あたしのメッキなんて簡単に剥がれてしまう。未亜はあたしの小説を「面白い」なんて言ってくれてたけど、あれがお世辞でなかったとしたら、実際に自分で書いてみて分かっただろう。あたしの小説は、そんなこと全然ない、ってことに。未亜自身が書いた小説の方が、あたしは面白いって思うし、事実、世間だってそう言っている。
 
 ――何であたしは、こうもだめなんだろう?


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