不健康な人達 09


 例えば俺の嫌いな授業の一つに、化学が挙げられる。化学記号だとか電子だとか、考えるだけで熱が出てきそうだ。
 本来学問というのは、分からないことを解き明かすためのものだろう。だというのに化学に限っては、いくら教師の話を聞いても理解できないのであった。説明を聞けば聞くほど謎が二倍三倍に膨れていく。……いや、別に化学を毛嫌いしているわけではない。昔は理科の授業は好きだった。
 あれは小学校の頃だ。磁石がくっつくとか水が沸騰するとか、そういう単純な実験に、当時子供だった俺は大変興味を持った。これは俺の勝手な意見だが、小学校で理科が嫌いという子供は少ないのではないだろうか。あの頃は好きな教科は理科で、その時間をいつも楽しみにしていたくらいだ。ちなみに、「電話を発明した人物は誰ですか?」という問いに対して「平賀源内」と自信満々に答えたヤツがいるのを俺は皮肉にも忘れはしない。バカ。そりゃぁエジソンだ。平賀源内はエレキテルとかの発明者だよ。と、できることなら当時のソイツに教えてやりたい。おかげで中学の間はおろか高校二年になった今でも、源内さんと呼ばれる羽目になってるんだからな。それにしてもお前よく小学生で平賀源内の名前が出てきたな。高校生でも知らないヤツ結構いるぞ。
 化学が嫌いな原因の一つとして、目に見えないというのが挙げられる。小学校ほどの単純な授業なら理解できる。磁石がくっつくのも水が沸騰するのも一目瞭然だ。中学の授業でも、鉄を加熱すると酸化して酸化鉄という別の物質に変化する、なんてことまでは理解できた。けど、それを化学式とかいうものに書き表すのにはもう意味不明だ。未知の領域。OとかFeとかって、一体何を表しているんだよ。そんな理論めいたことで雁字搦めに教えつけられても、さっぱり理解できない。俺にとっては所詮机上の空論にすぎないのさ。さらに高校の授業ともなれば理解不能だ。電子の移動だの、発電だの、理解できるやつがおかしいんじゃないの、って感じになった。まぁ文句を言っても仕方がないので、なるようになると決め付けていやいや勉強するしかないんだが。
 それでも、特に化学の分野は俺には信用ならない。おそらく教師陣は間違ったことを教えているわけではないのだろうけど、俺にはどうもそれが真実には思えない。俺は昔の人間ではないのだ。いわゆる典型的な、素直でない現代人なんだろうなぁ。教師からしたら俺みたいなヤツに教えるのは苦痛でしかないのだろう。
 昔の人間なら、なるほどそうなのか、とバカみたいに教えつけられた論理を鵜呑みにするのだろう。けれども、俺は自分で考えることができる。自分の考えを持っている。人間はありとあらゆる現象に、それっぽい理由を求めるのだ。古代ギリシャのようになんでもかんでも神話のせいにされたって、納得できるはずがない。
 というわけでそんな理不尽さを腹の中に抱えて俺は生きているのだ。でも、その理不尽さは誰かにぶつけたところでどうにもならないことを、俺は理解している。俺一人では、何かを創刊単に変えることはできない。世の中には皮肉も絶対的な序列というものが存在し、俺のようなただのバカな一人の生徒は、日本の教育制度やら化学式の原理などを覆すことはできないのだ。誰かに愚痴をこぼそうが、物に当たろうが、目の前にある現実から逃れることはできないのだ。

 ――化学の赤点には、課題提出というペナルティがあったのだった。


  ←前のページへ   次のページへ→

 戻る
Tweet