「なんで勉強なんてしないといけないんだろうな。こんなこと将来役に立つとは思えないんだけど」
この台詞、勉強が嫌いなヤツなら一度は口にしたことがあるだろう。そうでないヤツも、誰かが言っているのを耳にしたことぐらいはあるはずだ。ありとあらゆる学校で、多用されている言葉の一つだろう。
「数学なんか最初の方しか使わないよな。分数の掛け算あたりから必要ないと思うぜ」
「分数の掛け算は算数の範囲だけどね」
谷口は苦笑した。皮肉なことに、コイツは成績優秀なのだ。先日の中間試験ではクラス一位、全国模試でも偏差値六十を軽く超えるような人物だ。
「化学の課題は出したの?」
「あぁ、なんとか」
俺の目の下にはクマができている。結局夜遅くまでかかり、睡眠時間を大幅に削る目にあったのだ。ちくしょう、化学が必修科目だと知っていたらこんな高校来なかったのに。
「数学の課題は?」
え、数学も赤点保有者は課題があるのか?
「そうだよ。先生言ってたじゃない」
すっかり忘れてた。……そんなこと言ってたか?
「言ってたわよ。各自間違えた問題をやり直して提出すること、ってね」
赤点保有者に対するペナルティではなく、全員への課題だったのか。当然の如く数学でも赤点を取ってのけた俺には重い課題である。
「……お前は出したのかよ?」
「私は数学百点だったもの」
ムカついた。別に谷口が悪いわけではないが、勉強の苦手な人間は勉強の得意な人間を恨み妬み怒りの対象にする傾向の強いものさ。授業中に小説の構想を考えているくせに、勉強も完璧にできるなんて、あぁもう羨ましい。羨ましすぎて腹立たしい。理不尽だとは思うが腹立たしい。ルサンチマンここに在り。
「……教えてくれ」
俺は自分の机から数学のノートを取り出した。基本的に勉強道具を持って帰る習慣を俺は持ち合わせていない。ここらへんが勉強のできない理由の一つなんだろうけど、いちいち持って帰っていたら重いもんな。登下校が苦痛に感じられるぜ。ノートに挟んであった数学のテストの右上には、赤いペンで二十と書かれている。見事な赤点だ。
「……一問目から間違えてんの?」
谷口絶句。そういえば誰かに聞いたことがあったな、数学ができるやつは理解できないやつのことが理解できないって。何故分からないのか分からないそうだ。今の俺には嫌みにしか思えない言葉だが。言わせてもらえば、数学のできない立場にいる俺からすると、何故理解できるかが理解できないね。何故分かるのかが分からない。まぁ、所詮は負け犬の遠吠えだと思ってくれて構わない。
←前のページへ 次のページへ→
戻る