「すごいね、よくそれで続けられたね。私も第三中のバスケ部は相当厳しい練習してるって聞いたことあるよ」
確かにあの練習は厳しかった。何人も吐いてた。あれよりほんの少しでも厳しくしたら、死人が出てもおかしくないぐらいの厳しさだ。そしてその練習を俺が続けられたということは、俺の兄へ対するコンプレックスの強さが相当のものということだ。やはり相当強く思っていたのだろう。
「ねえ、バスケ見せてよ」
谷口がボールを渡してきた。中学生用のサイズのバスケットボール。俺はそれを受け取り、ドリブルする。久しぶりの感覚だ。
「お~! なんかバスケ部っぽいシュートとか見せて!」
谷口もなんだか盛り上がっているようだ。よし、一発期待に応えてやろう。
中学のときにやってきた練習を思い出す。最後の大会を思い出す。練習を続けられた動機は不純かもしれないが、培ったものはそれ以上の輝きを持っているはずだ。俺は中学に入った当初、運動神経はゼロと言っても過言ではなかった。だが、辛かった練習は俺にその成果を残してくれた。俺はドリブルをしながらゴールに向かい、右手でボールを持ってリングに向かって思いきり跳んだ。肘から上がリングを越え、そしてリングにボールを入れてそのまま右手でぶら下がった。いわゆるダンクシュート。
「すご~い! すごい跳んだね今!」
谷口はずいぶん興奮しているようだ。無論俺だって興奮しているが。
俺はバスケット選手にしてはあまり身長の高い人間ではない。百七十前後。が、中学のきつい練習が、俺の身体でもダンクシュートを可能にしてくれたのだ。皮肉なことに、兄へのコンプレックスの強さのおかげで。
「私でもああいうのできるかな?」
「ん? ダンクか?」
「まぁそれもあるけど、それ以外も。他人への憎しみやコンプレックスや、そういう不健康な考えとかで、何だって可能になるのかな?」
さすがに答えに詰まった。まぁそうだよな、俺がこんなことをできるようになったのは、そういう不健康な考えのおかげなんだもんな。
「……別に不健康じゃないだろ」
あれ? 何を言ってるんだ俺は。
「他人にコンプレックスを抱くのは人間として当然だと俺は思うぜ。俺みたいに誰かみたいになりたくないから頑張るとか、評価されたいがために頑張るとか、そういうのじゃねえの? 何だって、できないからできるようになりたいんだろ。できない自分にコンプレックスを抱くから、できるようになった自分に憧れるんだろ」
腹の内から、声が勝手に出てきた感じがした。あながち間違ってはいないだろう。俺の考えが、下手に頭で煮詰めたりせずにそのまま口に出せた感じだ。
「ん、まぁ……そうだね」
「そのコンプレックスが強ければ強いほど、何だってできるようになるんだよ、きっと」
俺のように誰かを憎む、蔑むような見方はやはり不健康だとは思うがな。ただ、それは口にはしなかった。せっかく話が綺麗にまとまったんだしな。
谷口が俺にバスケをさせたのは、自分のやっている事に疑問を感じたからだろうか。小説なんて書いて何になると自暴自棄にでもなったのだろう。だったら、俺の話でやる気が出るとしたら安いものさ。今の谷口が自分のやっている事を辞めてしまったら、生きることに絶望してしまいそうな、そんな気がした。現に最初に比べて今はだいぶ笑うようになったし、明るくもなった。俺が谷口に希望を与えているとしたら、それはもう素晴らしいことだ。俺だって明るくもなるさ。
ん、違うか? 兄へのコンプレックスを話したのは俺からであって、谷口が聞いてきたわけではないな。じゃぁ今は別に自暴自棄になっているというわけでもないのかな。まぁそれはそれとして別にいいさ。
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