「……大丈夫? 降りた方がいい?」
「いや、このぐらいなら大丈夫」
少しきつい坂道に出くわす度、谷口は俺に訊いてきた。なんかこういうのってカップルみたいじゃないか。そういう心遣いが胸にジンときたね。あぁ、今までの十六年間はこのためにあったのか。
「今更だけど突然ごめんね、こんな無茶させちゃって」
「気にすんなよ。俺もたまにはこうやって運動しなきゃ太っちゃうしな」
出発する前とは、お互い百八十度考えが変わっていた。谷口は何故か俺に申し訳なさそうに話す。それも手伝ってか、俺は海に行くことに肯定的になっている。
ああ、水着でも持ってくればよかったかな。海水浴場ももしかしたらもう海開きになっているかもしれない。六月と言ったらこれから夏本番という感じだもんな。
同い年の女の子と海水浴、素晴らしいではないか。
「おい、谷口。お前水着とか持ってきてるのか?」
「持ってるわけないじゃない。別に海水浴に行くわけじゃないんだから」
はあ、そうですか。けど、楽しそうに泳いでいる人達を目にしたら、きっと考えも変わるだろう。六月、これから梅雨、もう気温は毎日のように二十五度を平気で超えている。こんな日に海に行って泳がないとか、そんなことは有り得ないだろう。海を見せて、それから近くの海の家なりスーパーなりで水着を買えばいい。そうして泳げばいい。ふふ、全ては海についてからだ。
「源内さん、大丈夫? この坂、すごい角度だよ」
「あぁ、大丈夫大丈――」
谷口の言葉で我に返り、前を向いた。げ、何だこれは。
そこにあったのは、今まで十六年間生きてきて、見たこともないような急傾斜を誇っている坂だった。よもや三十度を超えている。こんなの自転車で登れるわけがない。インポッシブルだ。もし登りきれるものなら、人間の限界を越えてしまうかもしれない。
「――夫じゃないよな、コレは。いくらなんでもコレはないだろ」
「……ないね。でも、登ってみせてよ」
なるほど、谷口は俺に限界を突破させたいようだ。こんな田舎の坂道で、人類の進化を目の当たりにしたいようだ。いや、無理だがな。
俺は脚に力をこめ、力強く漕ぐ。しかし、空しくも自転車のスピードがだんだんと緩まっていく。
「あぁ、ほら! 頑張って!」
頑張っているとも。自転車を漕ぐのにここまで必死にさせたのはお前が初めてだよチクショウ。つーか、せめてお前が降りてくれればもう少し登れるんだがな。
しかし、まぁ当然だが次第にスピードが緩まり、仕舞いに自転車は止まってしまった。
「ほら、しっかり! まだ行けるよ! ほら、この坂を二人乗りで登りきれないことにコンプレックスを感じて、登ってみせて!」
そんな無茶苦茶な。努力したって全てが可能になるということはないのだ。中学の先生が言っていた、努力は決して人を裏切らないという言葉は、嘘なんだぜ。努力したらその分結果が返ってくるなんて事はそうそうないんだ。
まぁそんなことを考えている内に自転車がだんだんと後退し始めたので、やむを得ず俺はブレーキを掛けて自転車から降りた。谷口も同時に降りる。
「ま、この坂じゃ無理よね」
当然だ。何でもかんでも努力次第でできるということはないのだ。
「……バスケ部のときに、そんなこと言われたの?」
「そんなことって?」
「努力したってできないものはできない、って」
「まさか。自分で悟ったんだよ」
「悟った?」
「そう。前に俺は兄貴への対抗でバスケ部を続けられた、って言ったろ? けどやっぱ、試合に出られるようになってからは、勝ちたい、って切実に思うようになったんだ」
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