俺のいた第三中バスケ部は、厳しい練習で有名であったのと同時に、強豪という面でもそれなりに有名であった。実際、俺の一つ上の先輩の代では関東大会に進んだし、俺の代は全国大会でベスト8に入った。
あの頃の――特に中学二年になってからの――俺は、毎日毎日練習に明け暮れていた。せっかくレギュラーで使ってもらっている以上、活躍したいと思うようになっていた。
今の俺では考えられないが、あの頃は誰かに何かを言われたら、その通りだ頑張ろうとか、アンタの言うことはおかしいだとか、いろいろ考えていた。いや、今でも考えることを辞めたわけではないが、今の俺は誰かが何かを言っていたら、共感するか、そういう考えもあるのか、と思うだけである。それは違う、という強い否定を思ったり口にしたりすることはない。
「お前らレギュラーは、スタメンとして試合に出られる以上、出られないやつの分まで頑張る責務があるんだ。情けない試合でもしてみろ。承知しねぇからな」という言葉を監督から聞かされたときに、俺はそれを鵜呑みにした。いや、多分今でもこれは鵜呑みにするけどさ。まぁ俺はその言葉も手伝って、必死に練習した。
部活が終わった後、俺はいつも残って練習していたのだが、その時に俺と一緒に居残りして練習しているヤツがいた。ソイツは松尾っていうんだけど、その松尾はレギュラーには入れなかったんだ。控えの選手で、公式戦では一度も使ってもらったことがないんだ。けれど、毎日毎日俺と一緒に残って練習していた。
ソイツは、レギュラーの選手たちと比べると、あまりいい選手ではなかった。特に第三中は強いだけあって、松尾よりいい選手たちが三人ほどは怪我か何かしないと、試合に出られそうになかった。
んである日、俺たち二人が体育館で残って練習しているとき、一コ下の後輩――まぁコイツはレギュラーなんだが――が忘れ物をしたとかで体育館に戻ってきたんだ。そこで練習している俺たちを見て、その後輩は驚いた。先輩たち、いつも残って練習してんすか、って聞いてきた。
で、その後輩が松尾にこう言ったんだ。松尾先輩は何やってんすか、源内先輩の練習に付き合うなんて、ご苦労なことですね。ってな。
俺は絶句したね。谷口だって俺の立場だったら絶句するだろうよ。
松尾はしばらく黙ってから、こう答えた。違うよ、これはオレ自身の練習だ。
「先輩は練習したって無駄っすよ。オレらがそう簡単に先輩を引退させないように頑張りますから、安心してください」
怒鳴ってやろうかと思ったさ。少なくとも後輩が先輩に対する態度じゃないだろう。俺はレギュラーではあるが、控えの選手にこんな言葉を放ったりはしない。
「違うよ。そんなんじゃない」
松尾は小さく呟いた。だが、他の部活もいない体育館は静かで、その声は俺にもその後輩にもしっかり聞こえた。
その頃の俺は、もう悟っていたんだ。努力したからといって、何でもできるようになるわけではないって。きっと松尾だって悟っていただろう。アイツは練習試合でも少ししか出してもらえなかった。その出してもらった試合でだって、大した活躍はできなかった。自分で言うのも何だが、俺やその後輩と比べたら、雲泥の差であった。
「――でもさ、練習せずにはいられないだろ。お前にはわからないかもしれないけど、そうなんだよ。努力したって結果は報われないかもしれないけど、それでも努力せずにはいられないんだよ……」
俺はあの消え入りそうな、けど体育館中に響いたあの声を、今でも覚えている。一生忘れられそうにないね。
「やっぱり実力主義なんだよ。他の部活では頑張っているやつを優先的に試合で使うとかいうトコもあるみたいだけど、ウチはそうじゃないだろ? 他の部活がそういう制度を採るのは、その努力を教えるためなんだよ。けど、オレたちが学校を卒業して、社会に出たら、そんな世界はどこにある? ないだろう? いくら努力したところで、実力が無ければそれだけで切り捨てられるんだ。だからお前と違って実力や才能のないヤツは、その分努力しなくちゃいけないんだ。その努力が実るかどうかは別だが、努力しないことには始まらない。そうだろ?」
松尾、その通りだよ。お前の言ったことは一字一句正しいよ。
「おい、ちょっと源内と1 on 1してみろよ」
俺が二年に上がりこの後輩が入部してきたとき、俺は1 on 1でコイツに見事に負かされた。先輩としての面目が丸潰れで悔しかったのを覚えている。
後輩は制服を脱いで、練習着に着替えた。部室からシューズを持ってきてそれを履く。
バスケットコートで俺と対峙した。コイツは生意気で、はっきり言って気に食わないが、バスケの実力は相当のもんだった。入部した当初から試合で使ってもらえ、雑誌にも載ったことのあるほどだ。
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