「お～い、源内さ～ん」

　とある日、学校にて。俺は隣のクラス（のはず）の板橋に声をかけられた。コイツも俺と同じ第三中の出身で、西原と同じく俺の旧友だ。まったく、お前らが俺のことを源内さんなどと呼ぶから、谷口にまで知られてしまったじゃないか。このあだ名が一人歩きしていったらどう責任とってくれるんだコノヤロウ。平賀源内の名をあまりメジャーにしないでくれ。

「あのさ、俺、昨日お前のこと見かけたんだけど、誰か後ろに女の子乗せてなかった？」

　昨日は、谷口と一緒に空港まで行った。別に誰かの出迎えとかではなく、谷口の飛行機が見たいという発言でだ。土産の白い恋人は美味しく頂いた。空港はいいね、実際に旅行しなくても全国各地のお土産が売ってるから、まるで旅行したような気分に陥れるよ。ビバ錯覚！

「あれ、彼女か？　お前、いつの間に抜け駆けしやがって……」

　彼女じゃないし、抜け駆けなんてもってのほかだ。まして言わせてもらえば、俺はお前と恋人を作らない同盟みたいなものを結成した覚えはない。もしお前がそう思っているのだとしたら、勘弁してくれ。お前に盟主の座をくれてやるから、西原と二人で楽しくやっていてくれ。
　……なんてことを考えているうちに、俺の頭は不意にクールダウンした。そして、気づいてしまった。
　谷口と二人乗りして空港に向かっている現場を板橋に見つかった、ということに。
　これはあってはならない事態ではないのか？　谷口はどうとも思わないだろうが、俺にとっては大問題だ。由々しき事態だ。俺は谷口と違って、未だに他人の目を人一倍気にする人間だ。俺と谷口の他に誰かがいる場面では、俺は決して谷口と話すことはない。谷口も俺のソレをわかっているようで、話し掛けてくることはない。まぁ二人きりでも俺から話し掛けることがほとんどなのだが。
　板橋は、俺と谷口を同類と思っているのではないだろうか？
　いや、そうだ。疑問にすることもなく、確定事項だ。なぜなら、俺が板橋の立場なら、間違いなくそう思うから。間違いないね。ああ、間違いなく。
　それは痛い。痛手だ。俺は人から悪く思われるのを何よりも嫌うのだ。不快に思う。源内の名を広めたくないのもその理由からだ。
　それから板橋は二言三言何かを言っていたみたいだったが、俺の耳にそれは入ってこなかった。耳のスイッチが切れたようだった。くそ、古林の前では切れてくれなかったくせに。まぁ俺が呆然とした挙句、自分の世界に入り込んでしまったので、それも無理はない。板橋は、やれやれといった表情で立ち去り、俺はその場でしばらく立ち呆けていた。