俺が学校に着いたときには、既に一限が終わって休み時間に入っていた。
「よう、どうした?」
西原が爽やかに聞いている。いや、騙されるな。あくまで爽やかな風に装っているだけかもしれないじゃないか。もうコイツだって知っているのだ、俺が谷口と仲良くしていたのを。コイツは俺の居ないところで噂を広めているかもしれないのだ。例えそうじゃなくても、俺のことを心の中でボロクソに思っているかもしれないのだ。
「あぁ、ちょっとサボらせていただいた」
かといってそれを問い詰めるほど俺は馬鹿ではない。俺だってあくまで普通に接してやろうじゃないか。そうだ、人間の徳は嘘をつけることなのだ。自分を偽って他人とうまく共存していけることが人間の持ち味なのだ。
それ以降の西原との会話の内容を、俺はよく覚えていない。何せ嘘で塗り固められた会話なのだから。
だが人間の身体はうまくできているもので、不思議とその会話が齟齬することはなかった。無意識のうちに頭のどこかの部分で今までの会話を記憶しており、そこには自分の意識下にない他の意識があるようだった。そして西原や他のヤツと会話をするときには、その意識下にない部分が出てきて、勝手に会話を行ってくれるのだ。俺は深く考えることなく、勝手に出てくる言葉を口にしていた。ビバ多重人格。
「……休んでいた間のノート貸してくれ」
この言葉だけは何故か覚えている。俺は無意識の中でも留年を恐れているのだろうか。
←前のページへ 次のページへ→
戻る