ところが、だ。
「源内さん、昨日休んで今日も元気なさそうだし、どうしたの?」
谷口に話し掛けられたときには、何故かは知らないが無意識で会話することはできなかった。今まで谷口に対して嘘をついてこなかったからだろうか。あれは意識的に嘘をつかないと思ってきたつもりだったが、それは間違いで無意識のうちに俺は谷口に嘘をつけないようになっていたのではないか、とも思えるようになってきた。
「ん……」
しかし今考えるべき問題は、この状況に陥ってしまった原因やら理由やらを冷静に捉えることではなく、この状況をどうするかということだろう。嘘をつけないのだし、かといって俺の気持ちを正直に言うのもいけないことのように思える。やはり俺は見た目には善良的な態度を保っていたいのだ。
「…………」
というわけで、俺が選択した解答は沈黙であった。しょうがない、言葉にできないのだから。俺の心を相手に理解してもらいたくないのだから。
そして俺は足早にその場から立ち去った。谷口からしたら俺が逃げたように見えたかもしれない。いや、事実俺は逃げたのだ。俺ってば酷い人間だよな。
いやいや、そんなことはないさ。俺が酷い人間なのではない。人間という生き物が残酷な存在なのだ。嘘をついたり裏切ったり、だからこの世に残酷とか極悪とか非道とかそういう言葉が存在しているわけであって。
俺はそう思うことにした。そう思わなければおかしくなってしまいそうだった。
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