というわけで、それ以外の出来事その一。
ある暑い日――夏休みの間に暑くなかった日などなかった気もするが――、俺の携帯が着信音を鳴らした。別に俺は普段からメールをするわけではないし、西原たちとだって無意識の俺に会話やらを一任してからは連絡を取っていなかった。学校も休みなのでアラームもセットしていない。なので、携帯電話が鳴り響くという現象が俺にはとても久しぶりに感じられた。
「もしもし」
その久しぶりの現象に、俺は思わず電話に出てしまった。誰からかかってきたのかも確認せずに。
『あ、もしもし……』
か細い声だった。今にも消え入りそうな声だったので、俺は慌てて音量を上げた。
『……もしもし、源内さん?』
電話の主は、谷口だった。夏休みに入ってからもう三日、しかも期末試験のだいぶ前から谷口とは話すのを避けていたので、声を聞くのはだいぶ久しぶりであった。
「……おう」
さすがに電話で沈黙するわけにはいかなかった。まぁ電話なら大丈夫だろう。まさか他の誰かに盗聴されているなんてことはあるまい。
けれど、俺はやはり極力谷口を避けたかった。何がきっかけになるかわからないのだ。世の中は不思議で満ちている。ただ、谷口が何か提案するのを拒否するというのも、何だか気が引けた。もう既に谷口には悪いことをしてきたのだが、そんなことは今の俺の頭にはなかった。そして、谷口の提案を受け入れないことを悪いことと考え、提案させないのがベストと思った。
「何だ?」
というわけで、俺はつっけんどんに応対するという作戦に出た。この投げやりな口調で話せば、谷口も俺が不機嫌だとか前に戻ってはいないとか勝手に解釈してくれて提案をためらうだろう。
『……いや、ヒマかなぁ、と思って……』
作戦成功。谷口は明らかに気後れした口調だ。俺の威圧的な態度に腰が引けている。頼む、どこかに出かけようなどと誘わないでくれ。
そうだ、誘われる前に断れば問題ないだろう。実際は暇なことこの上ないのだが、俺は忙しくてどこにも出かける暇などないというアピールを電話で存分にしてやれば、提案してくることもないだろう。よし、第二の作戦だ。
「悪い、今結構忙しいんだ。あー、忙しい忙しい。やべーよ、高校二年の夏がこうも忙しいものだとは完全に予想外だったぜ」
テレビゲームのコントローラー片手に横になりながらゴロゴロと扇風機の前でだらけている人間の言う台詞ではないと思うが、まぁ別に構わない。どうせ電話越しに俺の姿が見えるわけではないのだ。
『そっか……じゃあ、また今度ね』
俺はその言葉を聞くや否や、じゃあな、と短く言い捨て電話を切った。用件も言わずに会話を終了させるとは何事か、と一瞬考えたが、用件を伝えさせないように会話を終了させるよう仕向けたのは、他でもなく俺の仕業だ。しょうがない。
また電話が掛かってきたら今みたいにさっさと切ってやると強く決心し、テレビ画面に映るキャラクターたちは、またレベルが上がるのだった。
それから二、三度電話が掛かってきたものの、今の手順で撃退した。
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