不健康な人達 30


 それ以外の出来事その二。

 ふらふらと何の気なしにコンビニに出かけた帰り、まぁ外出後の習慣となっているのでごく自然に俺は郵便受けを見た。
 そこに入っていたものは三つ。
 一つは、不動産関係のチラシ。何やら家の見取り図が書いてあって、日当たり良好だの駅から徒歩三分だの、いろいろと謳い文句が書かれている。別に俺には何ら関係ないチラシだ。親も引っ越す気はサラサラ無さそうなので無意味とは思うが、後で一応渡すことにする。
 二つ目は、通信教育の紹介葉書。俺のように学生のいる家庭には、大抵一度か二度は届いたことがあると思う。部活と両立できるだの、志望校に現役合格だの、そういう風な文字がデカデカとレイアウトされている。俺は通信教育などに興味を持たないのでこれもパスだ。間違って親に見られようものなら、勉強のことで何かとグチグチ言われてしまう可能性があるので、こっそり部屋に持って帰って処分しよう。いくら親でも人のゴミ箱の中までチェックしたりはしまい。
 問題は三つ目だ。切手が貼ってあり、家の住所と俺の名前が書いてある封筒。しかも、裏を見るとそこには谷口の名前とそれらしい住所が書かれていた。ほう、電話では言えないから手紙という作戦に出たか。
 俺は戸惑ったね。何せ女の子から手紙を貰うなんて生まれて初めてだ。どうせラブレター等の類ではないだろうけど、それでも気になるものだ。なるほど、谷口のヤツも考えたものだ。電話だと伝えづらいから、手紙で用件を伝えるとは、なかなか古風な手を使うじゃないか。まぁ電話で伝えさせにくくした張本人は俺なのだが。
 というわけで俺は不動産のチラシをリビングのテーブルの上に置いて飛ばされないようにリモコンを重石にした。通信教育の葉書と谷口からの手紙を持って俺は自分の部屋へと進んだ。
 乱暴に机に腰を掛け、手紙の封をビリビリと開ける。中には、予想通り手紙が入っていた。

「…………」



前置や時候の挨拶などはお互いに興味が無いだろうし、どうせ書いたところで読んでもらえないと思うので、書きません。本題からいきなり書き出します。無礼だと思ったら勘弁してください。
何があったのですか? 一緒に空港に行った翌日から、あなたが急によそよそしくなったように感じます。私が何か気に障るようなことをしてしまったのですか? 思い当たる節はないのですが、もしそうなのだとしたら謝ります。ごめんなさい。
電話では聞いてもらえないみたいだし、手紙で用件を伝えます。私は昔のように、あなたと一緒にいろんなところに出かけたいです。小説のネタを探すだとか実際に見て書けるようにしたいとかそういう理由もあるのですが、今はあなたと一緒にどこかに出かけるということそのものが楽しかく思えるのです。なので、それが叶わない今は辛いです。憂鬱です。
私は今までのように、あなたと一緒にどこかへ出かけたり話したりできるようになるのを望んでいます。私の今の人生は、ほぼそれだけにかかっています。こんなことを書くと大袈裟と思うかもしれませんが、今は生きている意味をそれにしか見出すことができません。


「…………」

 難しいな。
 俺が悪く思われるのを嫌がって谷口をことごとく避けた結果、谷口をここまで思いつめさせてしまった。だが、谷口に思いつめさせないために俺が今までと同じように接していたら、俺が周囲から奇異の目で見られてしまう。そうなればおそらく、俺が今の谷口のように思いつめてしまうだろう。
 まったくもって、世の中というのはややこしくできているもんだ。いや、うまくできていると言った方がいいのか……? ま、何にせよ俺が考えたところで世の中の仕組みは変わらない。この世界は常にゼロサムゲーム、万人が納得したりお互いがプラスの方向に向かったりなんて不可能なんだ。誰かが幸せになれば誰かが不幸になる。誰かが得をすれば誰かが損をする。そういう仕組みなんだ。『言えない』に書いてあった。
 まぁ確かにこの手紙を読んで、谷口がかわいそうだとは思ったが、かといって俺がどうにかしようとは思わなかった。確かに体面は大事だ。しかし、谷口によく思われたいがために、他の皆から悪く思われるようなことになれば本末転倒だ。大のために小を犠牲にするのは致し方ないことなのさ。

「そうだ。いいこと言うな、オマエ」

 隣の部屋から兄の声。いきなりびっくりしたぜ。
 しばらく静かだったからびっくりというのもあるし、奇跡的に俺の考えていたこととリンクしてさも会話が成立したかのようになったのでもびっくりだ。仰天二連続。

「世の中では誰かが幸せになっているんだ。だから俺は今こんなにも不幸なんだ」

 それには同意できないな。アンタが不幸だと思っているのは、アンタの考え方次第だろう。人は人それぞれの価値観を持っていて、本人が幸せと思えば他の人が何と言おうとその人は幸せなんだ。逆に、どんな恵まれた条件で生活して周囲の人から羨望の眼差しで見られていたとしても、その人自身が自分は不幸だと思えばその人は不幸なだけなんだ。
 俺は別に不幸だとは思っていないぜ。確かに家はあまり裕福ではないし、俺の部屋はかなり狭い。学校の勉強なんてできることなら放棄したいし、今この夏の暑さだって俺には耐え難い。けど、俺は不幸じゃないんだ。俺自身が自分を不幸だと思ったり嘆いたりしていないからな。

 ……谷口は、どうなんだろうな? アイツは今自分が不幸だと思っているのか? まぁあくまでこれはふと頭に浮かんだだけだ。実際に確かめようとは思わない。


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