翌日、谷口は学校を休んでいた。
昼休みの時間、俺は西原と話していた。今まで西原に会話をさせていた無意識の中の俺ではなく、俺自身が。
「おう、お前なんかあったのか? なんか今日は活力に満ちているじゃねえか」
よくわからないたとえだが、無意識の俺は活力に満ちていなかったようだ。それとも西原が、今までの俺は別の人格だったと気づいたのだろうか。
「……まぁ、ちょっといいことがあっただけだよ」
気づかれたのがなんだか癪だったので、俺はその程度の言葉にとどめておいた。
今まで無意識の俺に相手をさせていたので、この日俺は久しぶりに西原の姿を見た。ふむ……夏休みが明けて、少し背が伸びたみたいだな。俺より高くなっている。あと、日に焼けたみたいだ。俺はほとんど家から出なかったので、まったくといっていいほど変わってない。日焼けという言葉は、俺とは程遠くかけ離れているようだ。
「……なぁ、谷口のことなんだけどよ」
西原が口を開いた。ふ、いいぜ。何でも聞いてくれよ。今の俺は昔の俺とは違う。周囲から奇異の目で見られることを極端に恐れていたあの頃の俺とはもう違う。谷口と同じ、言いたいやつらには言わせておけばいいという考えを獲得したのだ。孤独? 根暗なヤツの仲間? は、好きに言ってくれ。さぁ西原、今なら何だって言っていいぜ。
「お前ら、どこまでいった?」
「……公園、海、大学。その他いろいろ」
「いや、そういうことじゃなくてさ……」
どういうことかは俺だってわかっている。進展はあったのか、と西原は聞きたいのだろう。わかっていてはぐらかしているのだ。普通の高校生の友人の会話としては、ありきたりだと思う。
「お前、もしかして谷口に酷いことしたりしてねぇだろうな」
した。思い切りしてしまった。その結果谷口は夏休みの間中考え込んでしまい、昨日はついに自害にまで手を出してしまった。いや、こんなこと西原には言わないけどね。
「なんかよ、谷口の様子がおかしかったんだよな。夏休みに入る前ぐらいからだ。で、それとほぼ同時にお前の雰囲気も何だか変わったような気がしてな。一応オレなりに気をつかって傷口に触れないようにしてたんだが、今日からやたらとお前が明るいかな、聞いてもいいのかな~、って。谷口が休んでいるのが逆に気になるけどよ」
傷口ってなんだ、傷口って。
「いやぁ、オレはてっきり、喧嘩でもしたのかと思ってよ」
喧嘩をしたわけではないが、まぁ似たようなもんだ。板橋のせいというか、俺の不注意のせいというか……。まぁ、無論これも西原には言わない。言ったところでどうしようもないし、問題が増えるだけのような気もするしな。
俺はいくらクラスメイトたちに誤解されたって構わない。さらに言わしてもらえば、西原にだってどう思われたって構わない。今俺の頭の中の大部分を占拠しているのは、谷口に関してだ。谷口に謝りたい、今までのように話せるようになりたい。谷口にとって俺がただのクラスメイトではなかったのと同じく、俺にとって谷口だって普通のクラスメイトではなかった。陳腐な表現をするとしたら、特別な存在だ。板橋に言われてから、俺は一方的に谷口に酷いことをした。謝らなければならない。許してもらえないかもしれないが、謝らなければいけないのだ。
というわけで、俺は谷口と喧嘩をしたということにする。そういうことにしておいて、折角だから西原に何かアドバイスを訊いて見よう。
「……ああ、ちょっとしたことでな」
あながち間違いではないだろう。人によっては、俺のあの状況は些細な出来事ととる人だって少なくはないと思う。俺にとっては死活問題だったがな。西原には具体的に説明はしない。そんな深く込み入った話を昼飯時にされても迷惑だろうしな。
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