「ちょっとしたこと、なわけがないだろう」
一蹴されてしまった。ホワイ、何故お前にそんなことが言える?
「お前の落ち込みようもなかなかだったが、谷口はお前以上に暗くなっていたんだぞ?」
普段からアイツは明るい人間ではなかったろう。
「オレにはわかるんだよ。昨日なんか、手首に包帯巻いてたろう。見たか? あれは間違いなくリストカットと見ていいね。断言してやるよ」
それは俺も断言できる。けど、それ以外の暗さを何故お前がわかってやれる? 何だ、お前も谷口に構ってほしいのか? 俺の立場に憧れていたのか?
「バカかお前は……と言いたいとこだが、あながち間違ってないな。確かにアイツは根暗というイメージはあるが、上玉だとは思うぜ。口には出さないだけで、オレ以外にもそう思ってるヤツは少なくないと思うがな」
うん、そういうものだろうか。ところで、今の西原の発言は今までの発言に比べて少し声量が大きいと感じたのは俺だけだろうか。他のクラスメイトたちにも聞こえるようにわざと大きな声を出したように俺には思える。もしかすると西原は、今の発言を聞かせて、いきなり噎せたり食っている最中の昼飯を逆流させたりするクラスメイトを見たかったのかもしれないな。残念ながら、そのような現象を捉えることはできなかったが。中には西原の挑発に乗らないよう堪えるのに必死になっている人もいるかもしれないな。
「いいか、お前はそれ相応のことをしたんだ。アイツはもともと一人でずっといたから、多少の出来事に左右されたりはしないだろう。そんなタフな谷口を、お前は自殺まで追い込んだんだぞ。理解してるか?」
自殺なんて、そんな大袈裟な。
「大袈裟じゃないね。お前だって見たんだろう、アイツの包帯を。リストカットしているとしたら、それはもう自殺と断言したっていいだろうが」
俺は何かの本で読んだ気がする。本じゃなかったかもしれないが。自殺をするのに、リストカットほど都合の悪い方法はない。動脈は腕の奥深くにあり、そこまで刃を到達させるのには骨が折れると。大体そんな簡単に切り傷から致死量の血が出るのだとしたら、人間そう簡単に転べない。自転車の練習が命賭けになってしまうしな。
「へぇ、そういうもんなのか。けど、谷口がそれを知っていたかどうかはわからんだろ? もしかしたら本当に死ねると思ったのかもしれない。もしくは、死ぬのが目的ではなく、傷をつけることが目的だったのかもしれない。いずれにせよ、お前は谷口をそこまで追い込んだんだぞ。わかってるのか?」
わかってる。兄にも言われたしな。それにしても、西原がここまで言ってくるとは思ってもいなかった。意外だ。
「……で、何があった?」
←前のページへ 次のページへ→
戻る