俺は西原にも事の始終を話してやることにした。何かいいアドバイスがもらえるかもしれないしな。
「……なるほどな。お前はオレのことをそんな風に思ってたのか。ちょっと心外だな」
悪かったよ。これからはそんなことのなきように注意を払います。まぁ、些細なことで喧嘩をしたり言い合いになったりはするだろうがな。
「まぁ、それはいい。で、お前は昨日兄さんに諭されたんだろ? で、今日どういう気持ちで学校に来たんだ?」
谷口に平謝りしようと思ったさ。誰が見ていても構わない、なんならクラス全員の前で土下座したって構わないと思ったね。もう周りにどういう風に思われても問題ないと思ったからな。谷口に感化されたんだろうなぁ、俺も。
「……もう謝ったのか?」
いや、今日は休んでんだろうが。言えるわけがない。
「……そうか。よし、立て」
「はぁ?」
「いいから立て」
西原はそう言って立ち上がった。何事かと思い、俺も立ち上がる。
すると西原は何かを呟いた。その声はあまりに小さくて、俺の耳では聞こえなかった。何を言ったのかすぐに聞き返そうとしたが、それは叶わなかった。
何故かと言うと、いきなり俺の左頬に強い衝撃が走り、俺は吹っ飛ばされたからだ。突然のことだったため、俺は成す術もなく床にしりもちをついた。クラスメイトのほぼ全員が俺に注目している。
血の味がする。どうやら内側の頬肉か唇のどこかを切ってしまったようだ。俺はたっぷり時間をかけて、状況を理解した。俺の前に立っていた西原は、右腕を突き出した状態で固まっている。俺は、西原に、殴られたのだ。
「……何すんだよっ!」
俺は立ち上がった。何故いきなり俺が西原に殴られなければならないのか。
「谷口をリストカットまで追い込んだのはお前の仕業だ。そして、それに気づいたか目に入っていないか、まぁどちらにせよお前はノーリアクションだ。これは昨日の話だ。そして、谷口は今日学校を休んでいる。いくらお前でも、この意味はわかるだろう?」
わかるさ。気に病んでいるのだろう。だから、今日学校で謝ろうと思ったんだ。
「……もう一発殴っていいか?」
「何でだよ」
「谷口がリストカットをしたのは、おそらくお前の気を引こうとしたからだろう。けど、お前はそれでも反応しなかった。だとしたら、谷口はどうすると思う? 次の行動パターンは簡単に予測できるだろ?」
「…………」
できた。リストカットに飽き足らず、今度は本当に命を絶ってしまうかもしれない。自惚れているわけではないが、谷口は、俺との会話や一緒にいることを生き甲斐としていたのだ。そんな俺から見捨てられたみたいになってしまったら、生きることに絶望を感じたとしても無理はない。合点がいく。もしかしたら、彼女は今まさに命を絶とうとしているのかもしれない。
「……悪かったな。今から行ってくる」
「ああ。古林のヤツには、破傷風で早退したって伝えてやるよ」
俺は教室を飛び出した。サンキュー、西原。お前も意外と役に立つな。口にはせずに心の中だけで礼を言っておく。ところで、破傷風ってどんな病気か知ってるのか? いきなり発症するようなものではないぞ。そんな言い訳をしたところで、怒られることになるのはおそらくお前だろうよ。まぁ、何にせよありがとうな。
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