『……おかけになった電話は、現在の電波の』
俺は自転車に飛び乗り、谷口に電話をした。しかし何回かけても出やしない。くそ、もしかしてもう手遅れなのか。
そんな不安が俺の脳裏をよぎり、自転車の速度は自然と速くなった。急がねば間に合わないかもしれぬ。走れメロス、いざ鎌倉。
夏休みが明けたばかりなので、まだまだ暑い。今朝の天気予報では、今日の最高気温は三十度と言っていたような気がする。ワイシャツが汗で身体にべったりとくっついて気持ち悪い。学生服のズボンの中が湿っている。しかしそんなことに構わず俺はペダルを漕いだ。立ち漕ぎで坂道を上り、二度ほど信号を無視して、俺は一生懸命ペダルを漕いだ。
もしかしたらもう手遅れになっているかもしれない。ああ、俺は馬鹿だ。何故、西原にぶん殴られるまで気づくことができなかったんだろう。腕の包帯を見たじゃないか。リストカットをしたのだろうとすぐに推測できたじゃないか。西原の言葉は、すでに理解していたはずじゃないか。なのに何故今頃になってやっと俺は走り始めたのだろうか。朝すぐに行くべきだったのだ。いや、昨日兄と話してからすぐに谷口に会いに行くべきだったのだ。くそ、頼むから間に合ってくれ。
←前のページへ 次のページへ→
戻る