不健康な人達 42


 そろばん屋敷の前――谷口の家に俺が着いたときには、もう汗だくだった。

 俺は一瞬躊躇したが、意を決してベルを鳴らした。
 そうだ、もしかしたら谷口の保護者が家にいるかもしれないじゃないか。幸い昼間、専業主婦ならば普通は家で昼飯を食らっていたり食後にのんびりしたりしている時間だろう。それならば、とりあえず谷口の自害がエスカレートする心配はないだろう。リストカットはどうだったか知らないが、あれ以上の傷をつけるとしたら少なからず叫びや悲鳴が自然に出てしまうものだろう。そうすれば家の人が気づくはず。家に人がいればの話だが。とりあえずはこのベルに誰かが出てくれたら安心なわけだ。

 ……誰も出ない。もう一度ベルを鳴らす。

 また誰も出る様子がないので、再びベルを鳴らした。しかし、またしても応答はない。どうやら家の人はいないようだ。
 俺はますます不安になり、もう一度谷口の携帯に電話。が、それも出やしない。先程と同じ女性のアナウンスの声が聞こえるだけだ。
 俺は玄関のドアノブに手をかけた。さすがにここは躊躇したね。これって、一歩間違えば犯罪ではないか。住居不法侵入罪とかいう刑法に引っかかるのではないだろうか。しかし俺はそんな雑念を一瞬で振り払った。今はそれどころではない、下手をすると谷口の命に関わるのだ。
 ドアを開け、俺は家の中に入った。家はまるっきり一般家屋のようだ。落ち着いて見たわけではないが、取り立てて特徴があるようではなかった。

「おい、谷口!」

 俺は叫びながら家の中を捜索した。このとき、もしかしたら谷口以外の家の人がいるかもしれないという懸念は思い浮かばなかった。今さらだが、もし谷口の母親なる人物がトイレや諸々の事情でインターホンに出られなかっただけかもしれない。しかしこの時はそんなこと思いつきもしなかった。ただ、いるかどうかもわからない谷口七重を捜し回ったのだ。
 リビング、浴室、トイレ、台所、一階のほぼ全てを捜したが、谷口はいなかった。となると、残りは二階だ。そもそも家の中にいるかどうかもわからないのだが、今はここしか捜す場所がない。俺は初めて入った家の階段を我が物顔で駆け上った。
 階段を上がり、俺は真っ先に一番奥の部屋へ向かった。そうだ、いるとしたらここが一番可能性が高いはず。玄関のほぼ真上、道路に面している部屋。そろばん屋敷の前で雨宿りをしていた時に、谷口を目撃したであろう部屋のはずだ。


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