俺と西原がいつものように昼飯を囲んでいる中に、その日から谷口が加わった。
「源内さん、返すよ。ありがと」
「どういたしまして」
俺がノートを返してもらうなんて、生まれて初めてだ。今までずっと授業をまともに受けてはこなかったからな。
「西原くん、あとで理科Aと世界史のノート貸してくれる?」
「おう、いいぜ」
西原も普通に谷口と話している。まぁ、コイツは女が相手なら誰にでも嫌な顔なんてしないだろう。谷口のことを最初に訊いたのは西原だしな。
ん、待てよ? 世界史のノートは俺が今貸していたノートの中にあったぞ。
「だって、源内さんのノート、先生の言っていたことの半分も書かれてないし、解読するのも困難だったからね。他の三科目を頑張って写した私に礼の一つでもほしいもんだわ」
俺が貸してやったのに、俺が礼を言わなければならないなんてあんまりだろ。俺はこのノートの取り方で不便したことはないんだよ。ノートなんて自分が読めればいいんだろ?
「……お前、世界史赤点だったろ? ほら、持ってけ谷口。けど俺だって字がキレイなわけじゃないぜ?」
「ありがと。源内さんより汚い字を書ける人間なんてこの世に存在しないだろうから大丈夫よ」
すごい言われようだな。俺は今まで字が汚いなんて言われたことがなかったぞ。
「今まで人に見せるようなことがなかったからじゃないの?」
皮肉を叩かれ、しかし俺は悪い気はしなかった。こういうどこにでもあるような会話が俺は気に入ったのだ。他人のことを完全に理解できるわけではないのだが、それはきっと他の人だって同じなのだ。だから皆不安に思ったり悩んだりするのだろう。けれど、人間はそれを前向きに考えるべきなのだ。きっと全員が対等なのだ。だから内心で蔑んでいたりしても、周囲に気づかれないようにすれば普通に生活ができるんだ。もしかしたら谷口も西原も俺のことを良く思ってないかもしれない。けれど、それは仕方のないことなのだ。俺だって一緒だったしな。表向きだけでも普通に装っていれば、それはどこにでもあるような日常になるのだ。
そして俺は、その日常がたまらなく嬉しく感じられるのだった。
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