紙袋いっぱいにリンゴを持たされて帰路につく。父方の実家は山形県にあって、こうして時々リンゴが届くそうだ。食べきれないのでこうして時々持たされる。
「いい? 山形県はなんと、リンゴの生産量が全国3位なのよ! すごいでしょ!」とは母の口癖。愛する旦那の故郷をそうやって褒めたたえるのは感心するが、悪いけどたぶんそんなにイメージないですよ。だいたい青森か長野でしょ。山形って言われたら、俺はやっぱりさくらんぼがまず頭に浮かぶけどな。いや別に俺がチェリーだとか、そういう話は今ぜんぜん関係ないよ?
「お、お帰りー」
アパートに戻ると、そう声を掛けてもらえた。
「なんでやねん」
そう、俺は一人暮らし。誰かが家で待っているなんて本来ありえない。
「今日は寒いから鍋がいいかなー。拓真よろしく」
「帰れよ安澤」
高校の同級生、安澤雄太。俺が就職して一人暮らしを始めたと聞いてから、こうしてちょくちょくと俺のアパートに入り浸る。まったく、女の子がいつ来てもいいように、いつも部屋は綺麗に片づけてチャンスに備えているというのに、来るのはいつもこいつだけ。しかも連絡なく。
「鍵も掛けずに出かけるってことは、自由に上がっていい、ってことだろ?」
「掛けてたけど!?」
「このくらいの鍵じゃあ、オレの前では無力だぜ」
どういうわけだか俺にはさっぱり分からないのだが、この男、簡単な鍵なら容易に開錠できるという特技を持っている。何をもってして、鍵を『簡単』と呼べるのかは、俺には想像もつかないけどね。
「勝手に入るな、っていう意思アピールくらい感じ取れよ。不法侵入になるから」
「知らないヤツの家には勝手に上がらないよ。大丈夫」
「何も大丈夫じゃないでしょ、まったく」
「オレが高校の頃、なんて呼ばれてたのか忘れちゃったの?」
「え……安澤アレ気に入ってたの……?」
高校ではこの特技と老け顔とがあいまって、『ピッキングパパ』って呼ばれていた。
「ま、それはさておき。オレがここに来たのには理由があるんだよ」
「メシ食いたいからだろ? 適当に寄せ鍋作ってやるから食材費は半分持てよ」
「……大学の同級生の女の子がさ、なんでも彼氏が欲しくて、『誰かいい人いないかな?』なんてオレに言ってきたんだよ」
「よし、やっぱりすき焼きにするか」
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