夢を追う蛙、捨てたがる蜻蛉。


 結論から言うと、すごくおもしろかった。魅力的な登場人物。動きが伝わってくるかのような表現。瑞々しい文章。そして息をつかせぬストーリー展開。ひいき目を抜きにしても、これは本屋で積まれていいレベルの話だ。今まで書いたことがないなんて言ってたけど、思わずそれを疑ってしまう。これが本当に、初めて書いた小説だとしたら、才能は相当でしょう。今までずっと書いてきたあたしなんかとは、もうスタート位置からして全然違ってる。

「未亜、スゴいよ。うん、これ面白い!」

 未亜の席に向かう時間も惜しく、教室のほぼ対岸にいる彼女に声をかける。

「あぁ、うん。ありがとうね。嬉しいよ。でも今はまだホームルームの真っ最中だから、静かにしてくれると、もっと嬉しいかな」

 その言葉にはっとして辺りを見回すと、クラスメイト達があたしを見ていた。夏でも冬でも頭頂部が涼しそうな先生も、やれやれ、といった表情をしてる。

「……やれやれ」

 実際に言われた。ショック。

「じゃあ2号がそろそろ限界そうだから、今日はもうこれで終わりな。クラス長、号令頼む」

 礼がかかって、解散になった。帰りしなにみんなあたしの顔を見て、にやにやしてくる。ああ、またやってしまった。恥ずかしい。

「穴があったら入りたいなあ」

 思わずそう呟いてしまう。

「それはこっちのセリフよ。いやいっそ、穴を掘って埋めてやりたいわ」

 その物騒な言葉に顔をあげると、未亜があたしの前まで来ていた。

「あんた今日は一日中、トリップしてたみたいね」

「それは、未亜のせいだよ!」

「……私のせい?」

 コクコクと首を縦に振る。コクっ。コクっ。コクっ。

「いや、喋ってよ……」

 おっと。感情が口から出ず、首で留まっていたみたいだ。失礼。

「それは、未亜の、小説が、すっごく、面白、かった、からっ!」

「ああ、うん。ありがとうね。嬉しいよ。でも今は少し喋り方がおかしくなっちゃってるから、深呼吸して落ち着いてから喋ってくれると、もっと嬉しいかな」

 そうだ。まずは大きく息を吸おう。

「すーっ」

 そう声に出してみた。

「いや、それ吐いてるから。まずは吸って」

 すーっ。

「…………落ち着いた? ……よし。じゃあ、一回ここで吸った息を、吐きだそうか」

 ふーっ。
 息苦しかったけど、頭はだいぶ落ち着いた気がする。

「だって。未亜の小説、すっごく面白かったからだよ」

「あぁ、うん。ありがとうね。嬉しいよ」

 あんまり嬉しそうに聞こえない。こんなにあたしがテンパって言ってたら、それも仕方ないのかな。

「でも、これは一晩で書いたものだし、由愛が言うほどのものでもないと思うよ……?」

 未亜は謙遜している感じでもなくて、本当に自信がなさそうだ。んー、全然そんなことないと思うんだけどなあ。

「そうだ! ねえ、未亜。未亜も何か賞に出してみようよ!」

「……え?」

 あたしはそう提案している。まあ予想した通りの反応が返って来たわけだけど。呆気に取られた表情でぼーっとあたしの顔を見てくる。

「うん、そうしよう。はい、決定ね」

 あたしは有無を言わさないように、一気にまくしたてる。

「今度あたしが送ろうと思っている賞があるんだけどさ、一緒に送ろうよ」

「うーん、でもあたしなんかが、いいのかな……?」

「別に年齢とか経歴とかが必要なわけじゃないしね」

 そう言って、募集要項を教える。

「そこまで言うなら、……じゃあせっかくだし、送ってみようかな」

 やった。やる気になってくれたみたい。

「大丈夫だって。昔から書いてきたあたしが保証するよ。未亜の小説は面白い、って。あたしのなんかより断然ね!」

「……それ、自分で言ってて虚しくならない?」

 そういうわけで、未亜も自分の小説を、賞に出すことにした。あたしももちろん、同じ賞に出す。
 きっと未亜のことだから、上位に残ったりするんだろうな。面白い話だったし。でもあたしだって、もちろん負けたくない。


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