――時間っていうものは、時に優しくて、時に残酷だ。確かに一秒一秒、正確に時は刻まれているんだろうけど、感じる時間ってのは一秒一秒、いつも同じに正確っていうわけじゃない。ふと時計を見て、まだ一時間しか経ってないのか、と思うこともあれば、もう一時間も経ってしまったのか、と感じることだってある。
とても主観的なもの。誰かと同じ時間を過ごしていても、同じだけの感覚で時間が進んでいるわけではないんだろう。
それからの話は、びっくりするほど早かった。
授賞式に行った未亜は、それから出版の打ち合わせなんかもして、早くもその翌月には、書店に彼女の本が平積みされていた。未亜はあたしに一冊くれたけど、あたしはあたしでこっそり、店でもう一冊買った。応募する前に見せてもらった原稿と比べて読んでみると、何カ所か修正されていた。担当の人がつけば、自分一人じゃなくて、やっぱりチェックとかしてもらえるんだろうな。
何度も重版され、その本はベストセラーになった。未亜はそれからも次の小説を書いて、受賞した作品以外にも、執筆を重ねた。未亜は毎日を、忙しく生きていた。学校ではちゃんと勉強していい成績も取り続けて、他の時間は執筆に充てて。それまでの生活とは一変してどこか遠くに行ってしまったみたいだった。あたしとは住む世界が違ってしまった。
「じゃあね、由愛。また明日」
いつも放課後は一緒に帰っていたのに、今日は学校が終わるや否や、そのまま出版社に向かってしまった。今日みたいに用事が無くても、最近はひとりで帰ることが多くなった気がする。
「…………」
そんな彼女を引き留める理由もなく、あたしは立ち尽くしてしまう。
未亜はいつもあたしの前を歩いていた。今だってそう。あたしにはできないことを、難しいことを、彼女はいつも事も無げに成し遂げてしまう。そんな彼女が、誇りで自慢だったんだけど。でも、見えないくらいに遠くまで行っちゃったら、ずっと追いつけなさそうで、自分が惨めに思えてくる。
夕日に背を向けて、身長よりもはるかに長い影を追いながら歩く。心なしか重い気がする。
なんだかまるで、あたしだけ、時間が止まってしまったみたい。
それはきっと、ただ、今になって初めて実感できたことに過ぎないんだろう。本当はもっとずっと前から、あたしの時間は止まっていた。
だってあたしは、未亜よりも昔から、小説を書いていた。たくさん書いてきた。いろんな賞にも応募した。けど、今日の今日まで、どこにも引っかかっていない。それでも焦ることなく、ずっと小説を書いてきた。
でも未亜は、一度目の応募で、あっさりと賞をもらった。それも佳作とかじゃなくて、大賞だ。一番上の賞だ。
きっとあたしには、才能が無いんだろう。未亜は「面白い」って言ってくれてたけど、今まで一回だって、一次選考すら通過したこともない。長いこと小説を書いていて、きっとちっとも成長していないんだ。たぶん全然面白くなってない。書き始めてから、それからずっと、何も進歩がない。あたしと未亜とでは、スタートの位置からして違った。そしてまた、彼女はスゴい勢いで新作を書いている。あたしはずっと、スタートした時から、時間が止まったまんまだ。
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